総収入認定の必要性
給与所得者のケース
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1.残業代
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また、調停では、義務者による「昨年は残業が多かったものの、今年は昨年ほど残業代が出ない」等という主張がよくあります。
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この場合、現に残業代が減った給与明細を提出させるべきです。残業代が減るという主張が単なる義務者の予測に過ぎないのか、現に減ってはいないものの、既に勤務先の会社から社員に対して今後残業を減らす旨の明確なリリースが出ているのかを確認する必要があります。
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裏付けとなる資料の提出なく当該主張が認められることはほとんどない印象です。
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当事務所では、義務者側の代理人として、労働組合と勤務先の団体交渉の結果(前年と比べ残業代が減るという内容)を組合員に送信したメールを資料として提出し、前年より総収入を低く認定させたケースがあります。
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2.取締役報酬
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義務者が取締役で、役員報酬から源泉徴収されている場合、源泉徴収票が認定資料とされます。
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取締役の場合、会社の業績に従って報酬額が増減することもありますので、数年分の源泉徴収票を平均した金額を総収入と考えることもあります。
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また、義務者が自身の意思で報酬額を操作できる立場にいる場合、税金対策で源泉徴収票の金額が影響を受けていることがあります。この場合は、確定申告書を確認し、税法上控除している項目から収入に加算すべき金額がないか、検討することになります(松本哲泓『[改訂版]婚姻費用・養育費の算定―裁判官の視点にみる算定の実務―』75頁)。
事業所得者のケース
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1.認定資料
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事業所得者の場合、確定申告書の「課税される所得金額」が婚姻費用・養育費算定の総収入に当たります。売上金額が総収入となるわけではない点に注意が必要です。
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2.加算される税法上の項目
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「課税される所得金額」欄に記載の数字は、税法上、様々な観点から控除された金額です。税法上控除された費用のうち、現実に支出していない費用については、基本的には控除すべきではありません。税法上の目的を生活保持義務に優先させることは、妥当ではないからです。そのため、以下の項目については、多くの場合争いなく「課税される所得金額」に加算されます(司法研修所編『養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究』32頁)。
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青色申告特別控除
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雑損控除
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寡婦寡夫控除
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勤労学生障害者控除
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配偶者控除
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配偶者特別控除
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扶養控除
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基礎控除
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専従者給与
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医療費控除
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生命保険料控除
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小規模記号共済等掛金控除
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寄附金控除
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1~8は、現実に控除額が支出されているわけではないため、「課税される所得金額」に加算されます。
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9については、計上されているだけで実際に支払がなされていない場合があるので、その場合には加算されます。
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10および11は、標準的な保険医療、保険掛金は、既に特別経費として考慮されているので、加算されます。
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12および13は、性質上、婚姻費用・養育費の支払いに優先すべきではないため、加算されます。
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3.減価償却費
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確定申告書の「課税される所得金額」は、減価償却費も差し引いた金額です。減価償却費は、自動車や機械など、時間が経過するにつれて価値が減少する資産につき、一定の減価額を経費として計上するものです。例えば20万円のパソコンを購入し、4年で均等に減価償却費を計上すると、最初に一括で購入していれば、2年目、3年目には実際の支出はないものの、5万円が経費として計上されることになります。
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すなわち、実際には現金の支出がないにもかかわらず、減価償却費を差し引いた金額をベースとしてよいのか、上記1~13のように加算を検討すべきかが問題となります。
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この点が争点となった裁判例では、会計上認められた制度を権利者の現在の生活を保持させることを目的とした婚姻費用に優先させるべきでないことを理由に、減価償却費を原則として加算すべきであると判示しました(大阪高等裁判所決定平成18.6.23(平成18年(ラ)第120号))。
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一方、減価償却の目的物取得について借入れを行った場合、その借入金の返済は、現実に支出しています。それにもかかわらず、減価償却費と借入金の返済額のいずれも控除が認められないのであれば、さすがに義務者に酷といえます。そこで、「減価償却費についても、現実に事業用資産の取得に要した負債の弁済などをしている場合であれば、婚姻費用算定上必要経費として認めることに相当性がある」と判示した裁判例もあります(大阪高等裁判所決定平成18.10.13(平成18年(ラ)第721号))。
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以上より、減価償却費についても、裁判所は、税法上の制度よりも、現実的な支出の有無を考慮する考え方であるといえます。