養育費・婚姻費用の算定表とは
令和元年12月、養育費、婚姻費用の算定表が改定されました(東京家庭裁判所婚姻費用・養育費算定表)。
算定表を用いることで、義務者、権利者、双方の総収入と未成年者の人数さえわかれば、養育費、婚姻費用の金額がいくらなのか、目安がわかるため、簡易迅速な解決に資するツールとして利用されています。
そもそも出来上がった表があり、それが公表されているのですから、それを使えば良いのですが、算定表をそのまま使ったのでは、個別具体的な事情が考慮されず、不合理な結論になることがあります。その場合は、算定表をもとにした金額を修正する必要があります。このとき、どのように修正すべきか、また、修正すべき理由の妥当性を主張するためには、算定表がどのような要素を考慮して作られているのか、理解しておく必要があります。
1.基本的枠組み
婚姻費用は、夫婦が互いに扶養義務を負っていることを根拠とし(民法752条)、養育費は、親が未成熟の子に対し、扶養義務を負っていることを根拠とします(民法877条1項)。夫婦間、親の未成熟の子に対する扶養義務の内容は、「生活扶助義務」ではなく、「生活保持義務」です。
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※ 生活扶助義務:自分自身の身分相応の生活を犠牲にすることなく、その余力の範囲で相手方を扶養する義務
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※ 生活保持義務:自分の最低生活を割ってでも相手方を扶養する義務
算定表が登場するまで、養育費、婚姻費用の算定方法は時代とともに変遷しています。夫婦双方の現実の収支から分担額を算定する実額方式、統計資料を用いた労研方式、生活保護基準額方式、標準生計費方式等、様々でした。
しかし、いずれも客観性に欠け、また、いずれもどこかの段階で個別具体的な「実額」を認定する必要があることから、審理が長期化するというデメリットがありました。
そこで、統計資料を用いた上で、実額認定としていた部分を「割合」や「指数」に置き換えた計算方式により算出された金額を表にしたものとして、算定表が生まれました(算定方式の歴史につき、司法研修所編『養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究』10~13頁、松本哲泓『[改訂版]婚姻費用・養育費の算定―裁判官の視点にみる算定の実務―』45~48頁)。
算定表を用いるためには、まず、義務者・権利者の収入を確定する必要があります。しかし、その収入には、税金が課せられますし、その収入を得るためには、仕事をするための経費がかかります。また、婚姻生活を営むに当たり、どうしても必要な費用(住居費、医療費)もかかります。結局、養育費や婚姻費用に充てることができるのは、総収入からこれらを控除した残額です。
そのため、算定表では、まず総収入から上記経費や必要費の金額を控除し、算定の基礎となる収入(基礎収入)を算出します。その上で、基礎収入を生活費指数の割合によって按分することで、養育費、婚姻費用を算出することとしました。
以下、基礎収入、生活費指数について説明し、実際にどのように養育費、婚姻費用を算出するか、例を使って説明します。
2.基礎収入
養育費、婚姻費用を算出する基礎となる収入のことを基礎収入といいます。総収入から、公租公課、職業費及び特別経費を控除した額のことです。
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給与所得者の公租公課
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公租公課の範囲は、所得税、住民税、社会保険料(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料、雇用保険料)です(司法研修所編『養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究』17頁)。新しい算定表では、平成30年7月時点の各法律所定の率を採用しています。総収入に占める公租公課の割合は、8~35%です(高所得者ほど割合が大きくなります。)。
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給与所得者の職業費
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職業費とは、給与所得者として就労するために必要な経費のことをいいます(司法研修所編『養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究』22頁)。総収入に占める職業費の割合は、18~13%です(高所得者ほど割合が小さくなります。)。
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給与所得者の特別経費
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特別経費とは、家計の中でも弾力性、伸縮性に乏しく、自己の意思で変更することが容易ではなく、生活様式を相当変更させなければその額を変えることができない費用のことをいいます(司法研修所編『養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究』11頁)。具体的には、住居関係費、保険医療、保険掛金がこれに該当します。総収入に占める特別経費の割合は、20%~14%(高所得者ほど割合が小さくなります。)
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給与所得者の基礎収入割合
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総収入に占める公租公課の割合、職業費の割合及び特別経費の割合から基礎収入割合を算出すると、給与所得者の基礎収入割合は、54~38%(高所得者ほど割合が小さくなります。)となります(司法研修所編『養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究』32頁)。
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事業所得者の基礎収入
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事業所得者の基礎収入は、総収入から所得税、住民税、特別経費を控除した金額とされています(婚姻費用・養育費における総収入の認定)。給与所得者と異なり、社会保険料、職業費が控除されていないのは、「課税される所得金額」では、既に給与所得者の社会保険料、職業費に相当する費用が控除されていることによります。事業所得者の所得税、住民税の総収入に占める割合は、15~30%(高額所得者ほど割合が大きくなります。)、特別経費の総収入に占める割合は、33~23%(高額所得者ほど割合が小さくなります。)です。
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事業所得者の総収入に占める所得税及び住民税の割合並びに特別経費の割合から基礎収入割合を算出すると、総収入の61~48%(高所得者ほど割合が小さくなります。)となります(司法研修所編『養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究』32~34頁)。
基礎収入割合
- 《給与所得者》
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総収入(万円)
割合(%)
0〜75
54
〜100
50
〜125
46
〜175
44
〜275
43
〜525
42
〜725 41 〜1325 40 〜1425 39 〜2000 38
- 《事業所得者》
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総収入(万円)
割合(%)
0〜66
61
〜82
60
〜98
59
〜256
58
〜349
57
〜392
56
〜496 55 〜563 54 〜784 53 〜942 52 〜1046 51 〜1179 50 〜1482 49 〜1567 48
3.生活費指数
親を「100」とした場合の子に充てられるべき生活費の割合を、子の生活費指数として算出します。義務教育機関である公立小学校・公立中学校においては、授業料・教科書が無償であるのに対し、高等学校以上では授業料が有償であるという明確な制度上の差異があることから、0~14歳、15歳以上と、年齢は2つに区分されます。
生活費の指数化は、厚生労働省によって告示されている生活保護基準のうち、生活扶助基準中の基準生活費(飲食物費、被服費、光熱費、家具購入費等)を用いて最低生活費を認定し、これに学校教育費を考慮して算出しています(司法研修所編『養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究』35頁)。
学校教育費は、0~14歳までについては、公立中学校の子がいる世帯の年間平均収入の基礎収入に対する公立中学校の学校教育費相当額を、15歳以上については、公立高等学校の子がいる世帯の年間平均収入に対する公立学校教育費相当額を考慮し、子に充てられるべき生活費の割合を考慮しています。学校教育費は、学校納付金、図書学用品実習材料費、遊学旅行遠足見学費、教科外活動費、通学関係費等であり、補助学習費その他の学校外活動費は含みません(松本哲泓『[改訂版]婚姻費用・養育費の算定―裁判官の視点にみる算定の実務―』61頁)。
親 |
100 |
子(0〜14歳) |
62 |
子(15〜19歳) |
85 |
4.算定式
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養育費
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以上を前提に、養育費は以下の計算式で算出されます。
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基礎収入:総収入×総収入に応じた割合
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子の生活費:義務者の基礎収入×子の指数/義務者の指数+子の指数
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義務者の年間養育費分担額:子の生活費×義務者の基礎収入/義務者の基礎収入+権利者の基礎収入
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義務者養育費(月額):C/12
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例:義務者の総収入が1000万円(給与所得)、権利者の総収入が500万円(給与所得)、15歳と10歳の子どもを権利者が監護している場合の養育費を算出します。
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義務者の基礎収入:1000万円×40%=400万円
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権利者の基礎収入:500万円×42%=210万円
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子の生活費=400万円×(85+62)/(100+85+62)≒238万0566円
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義務者の養育費分担額:238万0566円×400万円/(400万円+210万円)=156万1027円
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養育費の月額:156万1027円÷12≒13万0085円
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婚姻費用
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婚姻費用は、以下の計算式で算出されます。
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基礎収入:総収入×総収入に応じた割合
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権利者世帯の婚姻費用:(義務者の基礎収入+権利者の基礎収入)×(権利者側の指数合計)/(全体の指数合計)
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義務者の年間婚姻費用負担額:②-権利者の基礎収入
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義務者の婚姻費用月額:C/12
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例:義務者の総収入が1000万円(給与所得)、権利者の総収入が500万円(給与所得)、15歳と10歳の子どもを権利者が監護している場合の婚姻費用を算出します。
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義務者の基礎収入:1000万円×40%=400万円
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権利者の基礎収入:500万円×42%=210万円
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権利者世帯の婚姻費用:(400万円+210万円)×(100+85+62)/(100+100+85+62)=434万2075円
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義務者の年間婚姻費用負担額:434万2075円-210万円=224万2075円
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義務者の婚姻費用月額:224万2075円/12=18万6839円